魔女っ子(予定)少女 まなちゃん
9.変身魔法?
「ふぅ〜…こんなものかな…」
ドライバーを握った手の甲をそのまま額に当てて、僅かに滲んだ汗を拭った。
まなちゃんの部屋の机の後ろ。
机と壁との隙間にある、文字通り小さな作業場。
今日は朝から新しいマシンの制作に没頭していたのだが、それがなんとか形になり、
一息ついた所だ。
時計は午後4時をまわっている。
『ぐうう〜っ! きゅるる…』
物事を成し遂げたときの心地よい満足感に水を差す、なんとも無粋な腹の虫である。
(そういえば今日は、昼メシ、まだだったな…)
今まで夢中で作業していて空腹に気付かなかった。
きょうは、まなちゃん、少し朝寝坊したので、
僕の昼御飯を用意しないで学校へ行ってしまったのだ。
まあ、こういうことは、しばしばあるので別にどうということもない。
こんな時は、僕は自分で食料あさりに行くので、全く問題はない。
まなちゃんもそれを知っているので、昼食の用意を忘れたからといって、
特に気にはしない。
彼女は既に学校から帰ってきているのだが、今日は珍しく静かだ。
「ただいま〜」と一言声をかけたきりだ。
部屋の中に居る気配はするのだが…
『ぐぐぅ〜っ!!!』
再び腹の虫から催促がかかる。
今はまだ夕食の時間には早い。
僕は、とりあえず何か腹に入れようと、台所へ行くことにした。
机の後ろのスペースから出るときは注意しなければならない。
迂闊に飛び出すと、巨大な少女に『轢かれる』可能性があるからだ。
まあ、たとえれば、ジャンボ・ジェットの滑走路が自宅の前を通っている…
とでも思ってもらえばいいだろうか。
(右を見て、左を見て…そして上を見る…と… よしよし、安全確認OK!)
すっかり習慣になってしまった一連の動作を終えると、僕は部屋をまっすぐに横切り始めた。
部屋の隅を辿って行った方がもちろん安全であるが、机は窓際…入り口の反対側にあるので、
部屋の真ん中を通った方がずいぶん近道なのだ。
身長5センチのコビトにとっては、この差はとても大きい。
(チョロチョロと台所へ食料をあさりに行くなんて、まるでゴキブリみたいだなあ。)
ゴキブリ…ゴキブリ…ゴキブリ…
その言葉が僕の頭の中にこだました。
と思った瞬間、体に電流が走った。いや、電流が走ったような気がした。
「うわっ!?」
電流のような痺れはすぐに収まったが…
(あれ!? こんなの、いつかも感じたっけ? そう言えば…また体の感覚がおかしいぞ?)
あの時(注:ミキちゃんが来た時)も、同じような痺れを一瞬感じて、
体のバランスが変になったのだ。
あの時は、なんとか立ち上がることが出来る程度の変調だった。
しかし今回は、まったく立ち上がることが出来ない。
特に体が痛いとかいうことは無いのだが…
(体が縮んでコビトになった影響かな?)
とにかく、僕は這いずったまま食料を探しに行くことにした。
這って行くとなると時間がかかるかな…と思ったが、何故か意外に歩きやすい。
(おお!? なんだか速く歩けるなぁ。 不思議だな〜?)
まあ、ちゃんと進めるのだから、大きな問題は無い。
あの時と同じなら、すぐに元に戻るはずだ。
(ところで、まなちゃんは…と? おっ! 居た居た。)
まなちゃんはベッドに寝転がって漫画を読んでいるようだ。
学校から帰ったら、まず遊び! 大抵の子供はそうだろう。まなちゃんも例外ではない。
僕が、ベッドの横を通りかかると、気配を感じたのか、まなちゃんはこっちを向いた。
「やあ、まなちゃん。ちょっと何か食べに行って来るよ。」
僕は、そう声をかけて通り過ぎようとした。
ところが、まなちゃんの反応は予想外のものだった。
いきなり大きな叫び声を上げたのだ。
「いやーっ!! ゴキブリぃー!!!」
「ひえ!? ゴキブリ? ど、どこに?」
その単語に背筋を冷たい物が走った。
僕も、ゴキブリは苦手である。
コビトになってからはなおさらだ。
大慌ててあたりを見回す。
ところが…ゴキブリはおろか動く物は何一つ見えない。
「まなちゃん、何も居ないよ?」
僕は、まなちゃんの方に向き直ってそう言った。
しかし、まなちゃんは厳しい表情を崩さない。
ベッドの下にあったスリッパを握ってこちらへ近づいてくる。
スリッパでゴキブリを叩き潰そうというのだろうが…
まなちゃんの視線は、まっすぐ僕に向かっている。
もしかして、僕の真後ろに居るのだろうか。
振り向いてみるが、やはりそれらしい物は見当たらない。
「まなちゃん?」
僕がまなちゃんにもう一度呼びかけようとした瞬間、
まなちゃんは、何と、この僕に向かってスリッパを振り下ろした。
『バシーン!!』
「どわわっ!!!」
とっさに僕は巨大なスリッパをかわした。
「ちょっ、まなちゃん、ひどいよ! 僕に当たっちゃうだろ?」
僕は抗議した。
しかし、何か様子が変であることにすぐに気付いた。
まなちゃんは、また僕の方に向かってくる。
「え? まさか!?」
『バシッ!』
再びスリッパが襲ってくる。
僕は、それをかろうじてかわした。
(おい!? 僕を叩き潰そうとしてるのかよ?)
もう間違いない。まなちゃんは僕を殺そうとしているのだ。
訳が分からない。僕は必死になって逃げまわるしかなかった。
(な? どうして僕を狙うんだ?
何か、とんでもなく怒らせるようなことをしたのか?)
考えている余裕などない。とにかく逃げなければ叩き殺されてしまう。
僕は走って転んで逃げまくった。
まなちゃんは、すばしこく逃げ回る僕に業を煮やしたのか、
スリッパを投げ捨て、足で直接踏みつぶそうと迫ってきた。
爆音とともに床を揺るがし僕の頭上高くまで埃を舞い上げる巨大な足。
可愛い靴下を履いてはいるが、僕の命を狙う凶暴な足。
それをどうにか避けながら逃げつづけたが、限界はすぐにやってきた。
とうとう、僕はコーナーに追いつめられた。
逃げ場を失った僕は、壁を背にして、まなちゃんと向き合う。
お互いピクリとも動かない。そして、静けさ…
(もうだめだ!!!)
そう思った瞬間、軽いめまいを感じた。
僕は覚悟を決め、まなちゃんを見上げた。
まなちゃんが、右足を高く上げた。
はるか上空に圧倒的な存在感を呈している苺模様のぱんつ。
そこから、すらっと延びている巨大な脚。
足首にレース飾りの付いた、短く白い靴下。
足の裏には、洗濯で落とし切れなかった薄茶色のシミが残っている。
僕は、あそこで踏みつけられて潰されてしまうのだ。
(ああ、もう元の大きさに戻ることも無いんだなあ。
思えば短い人生だった。
こんな事なら、この小さい体のままでもいいから、
もっともっとエッチなことを体験しておくんだった…)
この世とのお別れに直面し、思わず煩悩いっぱいの本性が現れている。
そのまま、長い長い数秒間が過ぎた。
(???…なかなか踏みつぶされないな…?)
僕がそう思った直後、まなちゃんは、持ち上げていた足を戻して、
しゃがみ込み、僕の方へ顔を近付けてきた。
「!?… やっくっん… やっくんなの?」
そうつぶやいて、僕の方へ手を伸ばしてくる。
まなちゃんの殺気が消えたことに気付いた僕は、
逃げないで、そのまま、まなちゃんに掴み上げられた。
「まなちゃん! そうだよ、僕だよ!」
どうやら危機は去ったらしい。
安心したら、急に腹が立ってきた。
「ひどいよ! いったい何のつもりなんだよ! 僕を潰そうとするなんて!」
僕の抗議に、まなちゃんはきょとんとしている。
「え? だって、あたしはゴキブリを狙ってたのよ?
それなのに、追いつめたゴキブリが急にやっくんの姿に変わっちゃったのよ?」
(え? ゴキブリ?)
ゴキブリ…ゴキブリ…ゴキブリ…
またしても、その言葉が僕の頭の中にこだました。
その瞬間…
「きゃっ!?」
まなちゃんは、僕を放り投げた。
僕は床の上に激しく転がる。
「痛ったいなあ、まったく。どうしちゃったんだよ。まなちゃん?」
まなちゃんは、今度は少し落ち着いていたので、
僕の言葉を聞き取ることが出来た。
「やっくん… やっくんって………ゴキブリだったの?」
「はあ? ゴキブリ?」
何が何だか、わけがわからない。
「ひどいなあ…
確かに台所をあさることはあるけどさ、
よりによって、ゴキブリ呼ばわりはあんまりだよ。」
「でも… ほら!」
まなちゃんは、僕に向かって手鏡を差し出した。
それをのぞき込んでギクッとなる。
ゴキブリである。
でも、それが鏡の中に見えるということは…
僕が手をあげるとゴキブリも手をあげる。(足か?)
僕が頭を掻くとゴキブリも頭を掻く。
(な!? す、すると、僕はゴキブリ?)
僕はそのまま気を失ってしまった。
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どうやら僕には変身癖が付いてしまったらしい。
縮小魔法の副作用らしいのだが、詳しいことは分からない。
いつかの時は、ネズミ・ネズミと思っていたから、ネズミに変身していたらしい。
今回は、よりによってゴキブリとは…
僕が心の中で念じると、その念じた物に変身してしまう。
変身すると身体の形状は変わるが、大きさは元のままのようだ。
生物だろうが、無生物だろうが無差別に変身してしまう。
変身は、放っておいても10分程度で解けるが、
自分で念じさえすれば、すぐに元に戻ることが出来るし、
逆に、ずっと変身したままでも居られる。
ただし、気を失ったり眠ったりすると変身は解けてしまう。
これは、うまく使うと便利かもしれない。
鳥になれば飛ぶこともできるのだ。
「ねえ、やっくん、何か可愛い動物に変身してよ?」
まなちゃんがねだった。
「え? いいけど、何になるの?」
「子猫か、カッパか、モモンガ!」
「へ?」
まなちゃんの感覚には、今一つ、ついていけない。
(モモンガはまだわかるけど、河童ってのは何だよ?
河童?………カッパ…かっぱ……………ずわわ〜っ!)
危うく、ミニ・カッパに変身しそうになるのをぐっとこらえた。
僕は、とりあえず猫に変身することにした。
魔女にはやっぱり黒猫だろう。
『しびびっ』(これは、変身したときの擬音)
「わぁーっ! ちっちゃい猫、可愛い☆」
(5センチの黒猫か…)
「でも、どうして黒猫なの?
真っ白いペルシャ猫とかの方がもっと可愛いのに…」
「魔法使いには黒猫ってきまってるだろ?」
「え〜っ? そんなことないよ。
白い子猫の2匹組が出てくるアニメを見たことがあるもん!」
「あーわかった、わかった。白い猫かい?」
『しびびっ』
「うん、やっぱりこの方が可愛いよ☆
うふふ… ちっちゃ〜い。それに柔らかい毛並み…」
僕は、まなちゃんの指に弄ばれながら、ふと思った。
まなちゃんが魔法使いなら、今の僕のこの状況は、『使い魔』みたいなものだ。
魔女の傍らにずっと付いている小動物。あれである。
(僕は、ひょっとして、
まなちゃんの『使い魔』として一生を送ることになるのでは?)
人間が使い魔に仕立て上げられてしまうということもあるのだろうか?
当の、まなちゃんは、可愛くて面白い生き物を拾ってきたと思っているだけで、
そんなこと、全く気付いていないのだろうけど…