魔女っ子(予定)少女 まなちゃん
8−1.Overnight Trip(前編)
『んごごぉ… ふごごぉ…』
その日、僕は自分のスペースで昼寝をしていた。
今は春。眠い季節ではあるが、それだけではない。
ゆうべは、ちょっと寝不足だったのだ。
昨日の晩、まなちゃんは『目がさえちゃって眠れないよう…』とか言いながら、
ぱんつの中へ手を入れて、僕を指先で弄んでいたのだ。
普通の女の子は、もっと別の場所をいじるものなのだが…(おっと!)
深夜の12時をまわった頃になって、まなちゃんはやっと寝付いてくれたのだが、
寝付いたタイミングが悪かった。
まなちゃんは、僕をしっかりと握ったままで寝てしまったのだ。
僕の小さな力では、その手を振りほどいて脱出することは出来なかった。
もちろん僕は、のん気に眠っている場合ではない。
運が悪ければ、このまま握り潰されるか、寝返りしたお尻に巻き込まれるか…
僕がその危機から解放されたのは明け方近くのことだった。
そして、今…
いい気持ちで寝ているところを、まなちゃんの声で起こされた。
「やっくん、やっくん! 出てきてよ! やっくんてば!!」
「んあ?」
僕は眠気まなこをこすりながら、のそのそと這い出した。
「ん…なんだよ、まなちゃん?」
「うふふ… やっくん、小さくて可愛い…」
(何を今更? でも、『うふふ…』が出たときは、
まなちゃん、ろくなこと考えてないんだよな…)
「そんなこと言うために僕を呼び出したの?」
僕がそう言おうとした瞬間、僕は、まなちゃんにつまみ上げられた。
つまみ上げられること自体はいつものことなので、
僕は特になんとも思わなかった。
しかし、まなちゃんの顔の前まで運ばれた時、
まなちゃんの目つきがおかしいことに気付いた。
「まなちゃん?」
「大好きだよ☆ やっくん…」
まなちゃんは上を向いて、僕を唇に近付けていった。
(キスでもしようっての? おませさんだなあ…)
すぐに、その考えが間違いであることがわかった。
まなちゃんは、呪文を唱え、僕の大きさを更に縮めた。
今、僕は2センチくらいだろうか?
まなちゃんは、唇に僕を当てたまま上を向き、大きく口を開けた。
大口開けてキスするやつはいないと思う。
ピンクの唇の内側には、白く整った歯…少し虫歯も見える。
その奥に、てらてらと光る舌と口粘膜。その先の闇…
まなちゃんは、僕をゆっくりとその中へ入れようとしているではないか。
(そういえば、いつか、まなちゃん、
僕を食べてみたいって言ってたけど… まさか!!)
やがて僕の体に、まなちゃんの舌が絡みついた。
粘り気のある唾液に囚われて、そのまま彼女の口の中へと引き込まれる。
「ああっ! ちょ、ちょっと! まなちゃん!!」
軟体動物のようにぬめぬめと不安定な舌の上に載せられ、
僕は立っていることが出来なかった。
目の前で、ゆっくりと唇が閉じてゆく………
そして僕は、蒸し暑い暗闇の中に閉じ込められてしまった。
少女の口臭にミント系の匂いが混じった湿った空気。
「おおーい! まなちゃん。冗談はよしてよ! おおおーい!!」
僕の叫びは、まなちゃんに聞こえているのだろうか。
まなちゃんの舌が蠢き波打ち、僕を転がす。舌の上だけではない。
舌の下に埋め込まれる、唇と歯の間で圧迫される、
上顎にすりつけられる、奥歯の間に挟まれる…
僕は、唾液まみれになり、むせかえりながら、まなちゃんを呼び続けた。
「ゲホ!ゲホ! 苦しいよ、まなちゃん! やめてよ!!」
しかし、まなちゃんはやめてくれない。
やがて、まなちゃんの舌は僕をすくい上げると、上顎へと押しつけた。
舌の形が微妙に変わり、唾液と一緒に、僕を奥へ奥へと運んでいく。
傾斜がだんだんきつくなるのがわかる。ぬめりが増していく。
このままだと僕は…
『食べちゃいたいくらい、可愛い』…よくある表現方法だが、
今それは喩えなどではなく実際に行われようとしている。
「た、たすけ…」
『ごくっ…』
僕はそのまま喉の中へと押し込まれた。
完全に粘膜に包まれてしまった僕は、声を出すこともできない。
僕は、逆さまになって、まなちゃんの食道をゆっくりと下へ下へ吸い込まれていく。
無駄だと知りつつも、最後の力を振り絞って暴れてみるが、
僕を閉じ込めている肉管は、そんなことはお構いなしに規則正しい蠕動運動を続ける。
そして…
ぷにゅっ…という感じに続いて、無重力。急激に落下している。噴門を越えたのだ。
僕は、ついにまなちゃんの胃の中へ送り込まれてしまった。
すぐに、むかつくような臭いが襲ってくる。
とても息苦しい。臭いだけのせいではない。
胃の中の空気は酸素濃度が薄いのだ。
僕はなんとか意識を保ちながら、必死に胃壁を叩いて、まなちゃんに呼びかけた。
「まなちゃーん!!! 出してくれーっ!!! 死んじゃうよーっ!!!」
だが、僕の全力の拳の力も、精一杯大きく張り上げた声も、
全て分厚い胃粘膜に吸収されてしまう。
それに、胃壁の強力な蠕動運動で、立っていることも難しい。
そうしながら数分もたっただろうか。
空気が薄いこともあって、僕はとうとう力尽きてその場に倒れ込んだ。
そして、胃粘膜の波に翻弄されるままとなった。
(落ち着け…落ち着くんだ…)
そう、自分に言い聞かせる。
(そうだよ、まなちゃん、ちょっと、悪ふざけしてるだけだよ。)
こうして暫くのあいだ僕を苛めたら、きっと吐き出してくれる…
胃の内容物で、ぬるぬるのどろどろに汚れた僕を見下ろし、
「どう? びっくりした? きゃははは!!」………と笑うに違いない。
………という期待をいだきつつ、また数分が過ぎた。
目がちくちく痛い。
胃に落ちてから、目をずっと閉じていたのだが、限界のようだ。
やがて痛みは体中にじわじわと広がっていき、激しさを増す。
(くっ! まなちゃ…ん… ホントに………)
声にならない。
火に焼かれるような感覚。全身を走る激痛。気が狂いそうだ。
健康な少女の胃液は、ちっぽけな僕の体を確実に溶かしはじめていた…
(ぐわわ〜っ! 熱い! 死ぬぅ!!)
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「熱いいぃ… 熱いいぃ… 死ぬ死ぬぅ…」
「やっくん? ちょっとぉ! なにやってんのよ!?」
まなちゃんの声が聞こえた。
「なにって、僕は、まなちゃんに呑み込まれて、
今まさに消化されようと!…………………あれ?」
まなちゃんの顔が見えた。
なんか、あきれたような表情をしている。
「何、わけわかんないこと言ってるのよ?
それより、早く出ないと、焼け死んじゃうわよ!」
「え?…」
僕は自分が置かれている状況を把握した。
まなちゃんに食べられたというのは夢だった。
僕は、電気毛布の中にいた。
まなちゃんの部屋のベッドの上に畳んで置かれた毛布を見つけたので、
つい、そこで昼寝をはじめてしまったのを思い出した。
それを知らない、まなちゃんは、もう暖かい季節になったので、
電気毛布をしまおうと、スイッチをダニ殺しモードにしてしまったのである。
これは…大間抜けであった。
「やっくんたらもう! あははは…」
僕は、まなちゃんに笑われながら、さっき見た夢を思い出していた。
(それにしても、なんてリアルな夢… ひ〜っ! ぞくぞくっ…)
でも、僕はこんなに小さいのだ。
何かの間違いで、現実にあのような目に遭うことも絶対ないとは言えない。
(そうだな、あれを作っておくか。気休めかもしれないけど…)
僕は、ある道具を作ることを決心した。
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「ね、やっくん。コンタクトレンズを取ってきてくれないかな?」
数日後、僕は、まなちゃんに、頼み事をされていた。
まなちゃんは目が少し悪い。『あたしに眼鏡は似合わない』と言い張って、
コンタクトレンズを使っているのだ。全く、子供のくせに。
「コンタクトレンズ? そんなの、
まなちゃんが直接取りに行った方が早いじゃないか?」
「ううん。やっくんでないと取りに行けない場所なの…」
「え? どこかの隙間にでも落っことしちゃったのかい?
しようがないなあ。で、どこなんだい?」
「えへへ… こ・こ☆」
まなちゃんは、自分のおなかを指さした。
(なんだよ? 僕を服の中にでも放り込もうってのか?
まなちゃん、そういうの好きだからなあ…)
「なんだ、服の隙間なら、まなちゃん、自分で取れるじゃないか。」
「ちがうよぉ! 服の中じゃなくて、もっともっと中なの!」
「へっ? もっともっと…って…???」
「お・な・か・の・な・か☆」
「お…おなか!?… なんだってぇ!
どうしておなかの中なんだよ?
どうやったら、そんな所へ落っことせるんだよ?」
まなちゃんは、おずおずと話し始めた。
「ええっとね。コンタクトレンズって、時々洗わなきゃならないじゃない?
それでね、洗浄液出すのが面倒なんで、
あたし、よく口の中でれろれろって洗ってるのよ。」
(それは、不潔だから、今後はやめておいた方がいいと思う…)
「そしたらね、ちょっとしたはずみで、呑み込んじゃったの。
すぐに吐こうと思ったんだけど、おなか減ってて吐けないし、
コンタクトレンズはとっても小さいし、どうしても出てこなかったの。」
「水でも飲んで、一緒に吐き出せば…」
僕の提案を、まなちゃんは一蹴する。
「だめだよぅ。水に流されて、もっと奥へ行っちゃうかもしれないでしょ?」
「出てくるまで、待ったら…」
「いやよ! うんちをつつき回して探すなんて。レディーのやる事じゃないわ。
それとも、やっくん、やってくれる?」
「え? 絶対いやだよ! 僕だって。」
まあ、僕も、お尻に興味無くはない。その内容物も…
ただ、それも、お尻の内部にあるときは興味の対象としても、
女の子の体から出てしまったら、その時点で、単なる汚物なのだ。
まなちゃんは続ける。
「だからぁ、やっくんなら、取りに行けるんじゃないかと思って。
ねえ、お願い☆ いいでしょ? ねえったら!」
まなちゃんが言い出したら、諦めさせるのは難しい。
「しょうがないな。わかったよ、行って来ればいいんだろ?」
僕は、観念した。
「わーい! ありがと! じゃ、さっそく!」
まなちゃんはそう言うが早いか、僕をつまみあげ口の中に放り込んだ。
『ぐちゅ…ぐぐっ…』
熱い舌が波うち、僕を喉へ送ろうとする。
いつかの夢が脳裏によみがえる。
「うわわ〜っ! ひ、人食いっ!
死ぬっ! とっ溶けるっ! とろけるぅ〜っ!!!」
だが、5センチの大きさの僕は、そう簡単には呑み込めない。
まなちゃんは、必死で抵抗し叫ぶ僕を手のひらに吐き出した。
「このままじゃ、ちょっと大きすぎて呑み込めないわ。
今、もっと小さくしてあげる☆」
「ちょ、ちょっと待ってぇ〜っ!! ま、まなちゃん!!」
まなちゃんは、呪文を中断して言った。
「なあに、やっくん?」
「と、と、取りに行くには、じ、準備がいるんだよ!
こっ、このままのっ、呑み込まれちゃったら、
ぼっ、僕は、まなちゃんのおなかの中で、と、溶けちゃうよ!」
「あら、残念! このまま食べちゃおうと思ったのに。うふふ…」
「…って…まなちゃん………」
「やっくんが慌ててるのって可愛い☆」
どうやら本気ではないようだ。
僕はドキドキして破裂しそうな胸を押さえながら言った。
「じ、じゃあ、コンタクトレンズのことも嘘だったの?」
「あ…それは本当。どうかよろしくお願いしま〜す☆」
「あ…そう………」
(まなちゃんとつきあってると、ホントに疲れる…)
僕は、最近完成したばかりの体内スーツを準備した。
まなちゃんと暮らす上で、いつかは必要になると思っていたものだ。
けっして、これを着て、まなちゃんの大事な所に潜り込んで
イタズラしようなどという目的で作ったのではない。
その辺、誤解の無いように!
この体内スーツは、見かけは潜水服だ。
潜水に使う普通のドライスーツを改造したのだから、それも道理だ。
ただし、頭の部分の外形は、昔の漫画に出てくる宇宙服のような形、
金魚鉢を伏せたような形にし、複雑な形の装置は全て内部に収まっている。
何故そんな形にしたかは言うまでもないと思うが、
少女の体内という特殊な場所へ入り込むのに使用するものだから、
まわりにある器官を傷つけないためだ。
そのため、外側には引っかかりになるような突起物は付けていない。
それに、こうした方が視界が広くて安全である。
普通の潜水服で空気ボンベを使うタイプだと、
空気は長くても2時間程度しか持たない。
それに対して、これは通常の呼吸状態で48時間は持たせることができる。
一応、その原理を説明しておく。
まず、ボンベには純粋な酸素が入っている。
純粋な酸素だけ吸うと、肺が焼けてしまうので、レギュレーターで
窒素と混ぜて空気と同じ割合まで薄める。
普通は吐き出した空気は外に捨ててしまうのだが、この体内スーツでは、
二酸化炭素だけをフィルタでこし取って、残りを再利用して、
酸素の持続時間をのばしている。二酸化炭素は専用のボンベに蓄えられる。
それに、吐き出した空気をそのまま外へ捨てていては、
潜入された少女の体内に空気が溜まってしまい、都合が悪い。
げっぷか、おならで済めばよいが、
潜入する場所によっては都合の悪い場合もあるだろう。
体内スーツの各機構を動作させるためのエネルギーは、
酸素がボンベから吹き出す力と、
例の方法で超小型に作られた燃料電池を利用している。
これらは全て独立した2系統のシステムとして動いている。
どちらかが故障しても大丈夫なように。
もし両方とも故障したら………恐ろしいので考えないことにしよう。
「こんなこともあろうかと、作っておいたんだよ。」
「へえ〜っ、用意がいいのね! 宇○戦艦ヤ○トの真田さんみたいだね?」
「え?」
(何で、小学生の女の子が、そんなの知ってるんだよ?)
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体内スーツを着込んだ僕は、まなちゃんの呪文で2センチまで縮められた。
この、何かが背筋に抜けるような感覚。いつまでたっても慣れない。
まなちゃんも部屋の中の物も、いつもの倍以上の大きさである。
ここまで小さくなると、まなちゃんと会話するのも難しい。
今、僕は、床の上に置かれたお皿の中にいる。
(どうして、お皿なんだろう?…)
「やっくん、おまたせ〜」
何かを取り行くために部屋を出ていたまなちゃんが戻ってきた。
彼女はドアを後ろ手で閉めると、まっすぐに歩み寄ってきた。
僕のすぐ前で、大型トレーラーより遥かに大きい靴下が止まる。
純白の生地にワンポイントのサクランボが可愛い。
見上げれば、そこに薄ピンクのぱんつ…だが、詳しく説明している暇はない。
まなちゃんは、僕をスプーンですくい上げて言った。
わざわざ取りに行っていたのは、このスプーンだったらしい。
「じゃ、呑むよ?」
「噛んじゃだめだよ! たのむよ…」
「わかってるって。いっただっきまーす!」
「どうぞ…」(苦笑)
僕が合図を送ると、まなちゃんは僕を載せたスプーンを口の中へ入れた。
はたから見れば、デザートでも食べているように見えるだろうか。
僕が舌の上に降りようとすると、それより早く唇が閉じられ、
スプーンが引き抜かれた。
僕はまなちゃんの上唇に押されて舌の上へと転がり落ちた。
「あ〜あ、乱暴だなぁ… うわっ!?」
まなちゃんは、僕を入れたまま口をもぐもぐさせはじめた。
どうやら唾液を出そうとしているらしい。
そういえば、水を用意するのを忘れていた。
僕は舌と上顎に挟まれた格好で、暖かい舌のうねりを感じた。
(もうすぐ、まなちゃんに呑み込まれるんだ。
消化されてしまうことは無いにしても、ちょっと怖いな…)
そう思った瞬間、舌がうねり、はじき飛ばされる感覚…
僕は明るい光りの中に投げ出された!
「わわっ! いててて…」
腰をさすりながら見回すと、そこは、まなちゃんの手のひらの上だった。
「うえ〜っ…ニガ〜い! やっくんったら、美味しくないよう…」
まなちゃんは僕を吐き出してしまったようだ。
無理もない。
僕が着ている体内スーツは合成ゴムで出来ているのだ。
けっして旨いものではないと思う。
「あははは! 不味かったのかい。」
「マズいなんてものじゃないよ! こんなの食べられないよぅ。」
「おいおい、だから、僕は食べ物じゃないって…」
まなちゃんは舌をべろんと出して、カーカー言っている。
口の中にまだ変な味が残っているらしい。
「で、どうする?」
「どうするって? 何を?」
「もちろん、僕を呑み込むのをあきらめて、
コンタクトレンズが、出る所から出てくるのを待つかい?…ってことだけど。」
「そうか…どうしよう…」
まなちゃんは首をかしげて考え込んでいる。
「僕を生身のまま呑み込むってのは無しにしてくれよ?」
「……………それはもう今日はやらないよ。」
(その『間』はなんだよう? それに、『今日は』って…)
「そうだ、やっくん。 ハチミツ! 蜂蜜かけていい?」
「蜂蜜かけるって、僕に?」
「うん。甘い味でごまかせばなんとか呑み込めると思うよ。」
「そこまでしなくても、出て来るまで待てば…」
「嫌だっていうの!? やっくん?」
「い…嫌だとは言ってないよ。そんな恐い顔で睨まなくても…」
「ん? 誰が恐いって!?」
「いや…その…そう! ハチミツ!! いい考えだと思うよ。試してみなよ。」
「うん。じゃあ、やってみるね。ちょっとそこで待っててね?」
まなちゃんは僕を再びさっきの皿の上に載せると、駆け出していった。
「やれやれ、姫のご機嫌をとるのも楽じゃないなぁ。」
まなちゃんの姿が見えなくなったのを確認して、僕は独り言をつぶやいた。
「それにしても、皿に載せられハチミツをかけられるとは、
人間扱いされとらんな…まあ、今に始まったことじゃないけどね。」
やがてパタパタと足音を立てて、まなちゃんが戻ってきた。
「あったのかい? ハチミツ。」
「あったよ。ほら。ええっと…
『アカシア密』だって。アカシアって聞いたことあるけど何なのかなぁ?」
「そういう木があるんだよ。今度教えてあげるよ。」
「うん。えっと、じゃあ、やっくん。かけるよ?」
「どーぞ…」
『とろとろとろ…』
たっぷりのハチミツが頭上から垂れてきて、あっという間に僕を包み込む。
「それでは、あらためて、いただきま〜す!」
僕は再びスプーンですくい上げられ、さっきと同じように、
まなちゃんの口の中へと放り込まれた。
『むぐむぐむぐ…』
そのまま舌の上で何度も転がされる。
(うわ〜っ! うわわわ…
まなちゃん、味わっていないで呑み込みなよ…また苦くなっちゃうぞ…)
そういえば、また水を用意していなかった。
呑み込むために唾液を溜める必要があるのだろう。
しばらくして周りが唾液でいっぱいになってくると、
僕はゆっくりと喉の方へ送られていった。
呑み込まれ易いように、頭を前に倒し、膝を抱えて丸くなる姿勢をとる。
『こくっ…』
まなちゃんの喉がクリッと動くと、
僕は狭くてぬるぬるしたトンネルに締め付けられながら、
奥へ奥へと送られていく。
まなちゃんは僕を呑み込むとすぐにベッドへ横になったはずだが、
こうしていると上も下もわからない。
数秒で食道を通過し、まなちゃんの胃の中へと到着した。
ライトを点けてみると、そこは全くの別世界だった。
「へえ!? こうしてみると、胃の内側って案外綺麗なもんだなぁ。」
僕は、人の内臓なんてもっとグロテスクなものだと思っていたが、
そこは予想に反して、ずっと美しい場所だった。
ピンク色の壁に胃粘膜がてらてらと光っている。
それには滑らかな襞があり、胃全体が一つの個体であるかのように、
ゆっくりと蠢いている。
空腹時のため、まなちゃんの胃は縮んでおり、思ったより狭く感じる。
胃の動きも緩やかだ。
「まなちゃん、今、胃の中に着いたよ。」
「ホント? あたしにはよくわからないわ。」
置いてきた通信機を通して、まなちゃんと話すことが出来る。
「それにしても、やっくんの味、ハチミツかけてもマズかったよぉ!」
「そりゃそうだろ? 体内スーツの味…合成ゴムの味だもの。」
「やっぱり、生が一番よね!」
(あはは…何と言っていいものやら…)
話が変な方向へ行きかけたので、僕は、まなちゃんのジョークを無視した。
(ジョークだよね?… ね!?)
「ねえ、やっくん。ホントにあたしのお腹の中に居るんだよね。」
「何言ってるんだよ。決まってるじゃないか。さっき呑み込んだだろ?」
「うん。そうだよね。ふふっ!
お腹の中に生きた人間が入ってるなんて、なんか変な気持ち。」
「そう?
僕も、女の子のお腹の中に入り込んでると思うと変な感じだよ。」
まなちゃんと話しながら、僕はスーツの状態を慎重に調べた。
生き延びるためには手抜きは禁物だ。
万が一故障があったりしたら、今すぐ吐き出してもらわないと大変なことになる。
『無職の男性、小学生の女の子のお腹の中で遭難』とか朝刊に載るのは御免だ。
もっとも、ここで事故が起こって僕が死んでも、まなちゃん以外の誰にも気付かれ
ないだろうが…
点検完了! どうやら異常は無いようだ。作業に取りかかろう。
「それじゃあ、これからコンタクトレンズを探すからね。」
「うん。おねがいね、やっくん。」
(さて…と…)
透明なコンタクトレンズは、濡れた胃壁にくっつくと、
胃壁とほとんど見分けがつかなくなるはずだ。
見逃さないようにしなければならない。
僕は、ライトを反射してキラキラ光る壁を丹念に調べてまわった。
15分ほど探しただろうか。
胃の幽門近くのひだに挟まっているコンタクトレンズを発見した。
もうちょっとで、十二指腸へ送り出されるところだった。
僕は、コンタクトレンズを自分の背中のボンベの上に縛り付ける。
すっぽ抜けないように厳重に。
「こうしてレンズを背負っていると、まるで亀みたいだよな…」
僕は、ゆっくりと蠢く粘膜をかわし、ふうふう言いながら、
胃の噴門まで戻ってきた。
噴門は、食べ物を胃に送り込むとき以外、通常堅く閉ざされている。
このままでは、出ることができない。
「まなちゃん、まなちゃん、レンズ見つけたよ。
これから、出ようと思うんで、吐き出してくれない?」
「うん、わかった!」
まなちゃんは、胃を垂直にしないように注意して動き、
用意しておいた洗面器の上に顔をもっていった。
「えっ! うえっ!…」
まなちゃんは吐き出そうとするが、なかなか吐き出せない。
「うえぇ〜っ!」
指をつっこんでみたが、やはり出てこない。
「だめだよぅ、やっくん、吐き出せないよ!」
「なんだってぇ!? もう一度やってみてくれよ!」
「うん…」
∽‥∽‥∽‥∽‥∽‥∽‥∽‥∽‥∽‥∽‥∽‥∽‥∽‥∽‥∽‥∽‥∽‥∽‥∽‥∽
数分後、僕はまだ、まなちゃんの中に居た。
コンタクトレンズは単体では小さすぎて吐き出せなかったが、
よく考えれば、今の僕もたいして大きくはないのだ。
コンタクトレンズと同じことになるのも、当たり前かもしれない。
だが、このままでいるわけにはいかない。
「まなちゃん、聞こえるかい?
僕は、これから胃の入り口を刺激するから、
それに合わせて吐き出してみてくれよ!」
「うん…」
「じゃ、行くよ! それっ! それっ!」
「うえっ、うえっ…」
やはりだめなようだ。
まなちゃんのお腹は、僕を簡単には解放してはくれないらしい。
その時である。
今までおとなしかった胃袋が急に大きなうなり声をあげた。
『ぐっ、ぐぐううう〜っ! きゅるるる…』
まなちゃんの腹の虫である。
「やだっ!」
まなちゃんは思わず起きあがり、おなかを押さえた。
女の子らしい行動と言えばそうであるが、この状況でそれはまずかった。
「うわ〜〜〜っ!?」
僕は、噴門から真っ逆さまに落ちて、胃の底部の粘膜に受け止められた。
先ほどのうなり声を合図に、まなちゃんの胃袋は一変した。
僕が、まなちゃんの胃を刺激したことと、
もうすぐ晩御飯という時間帯のため、胃の動きが活発化したのだ。
胃壁がぐねぐねと大きくうねり、僕を翻弄する。
粘膜の波が、僕を、そのひだの間ですり潰そうとする。
胃液がどくどくとしみ出し、胃の底に強酸の池を作る…
体内スーツに守られている僕は、消化されることはない。
しかし、この状況は、あまり気持ちの良いものではない。
胃の活発化によって、僕は、胃の中を自由に動き回れなくなった。
まなちゃんの、お腹の中で揉まれるままとなる。
「まなちゃん、まなちゃん!」
「やっくん? 大丈夫?
ごめんなさい。あたし、思わず起き上がっちゃって…」
「その事は、もういいよ。別に怪我もないし…
それより、まなちゃん、出られなくなっちゃったよ。
胃の動きが強くなっちゃって、思うように動けないんだ。」
「ええっ? 大丈夫なの? あたし、どうしたらいい?」
「う〜ん… こうなったら、どうしようもないなぁ。」
「そんなぁ…やっくん…」
『きゅるるる…』
まなちゃんのお腹が再び鳴いた。
「とりあえず、晩御飯、食べなよ。まなちゃんが御飯を食べて、
それがこなれてしまうまでは、この胃はおとなしくならないよ。」
「そんなことしちゃって大丈夫なの? やっくん、生き埋めになっちゃうでしょ?」
「それは埋まっちゃうだろうけど、たぶん平気さ。
でも、そうしたら僕は、食べ物と一緒に流されてしまうだろうからね。」
「そしたら、どうなっちゃうの?」
まなちゃんが心配そうな声を漏らす。
「まあ、口から出るのは無理だろうな…
だけど、このスーツを着ていれば大丈夫。無事に出られると思うよ。
明日か、明後日あたりにはね。ただし、下の方からだけど…」
「え〜っ! やだーっ! やだやだーっ!!」
まなちゃんは暫く騒いでいたが、やがておとなしくなり、ぽつりと言った。
「…じゃあ、あたしはやっぱり、うんちをつつかなきゃいけないのぉ?」
「しかたないさ。他に方法がないよ。」
「嫌だなぁ…でも、うん… そうね…仕方ないね…」
女の子としては(男でもそうだが)大変不本意な行為だろうが、
まなちゃんは、しぶしぶながらも納得してくれたようだ。
「じゃ、まなちゃん。トイレに行くときは気をつけてくれよ?
僕が中にいるのを忘れちゃって、出たものをすぐに流してしまわないようにね。」
「は〜い…
まあ、やっくんなら、コンタクトレンズと違って、
自分から出てきてくれるだろうから、楽ね…たぶん…」
∽‥∽‥∽‥∽‥∽‥∽‥∽‥∽‥∽‥∽‥∽‥∽‥∽‥∽‥∽‥∽‥∽‥∽‥∽‥∽
しばらくすると、まなちゃんの胃の中に食べ物が流れ込んできた。
まなちゃんが食事を始めたのだ。
今日も園子さんの帰りは遅いはずだから、
まなちゃんは一人で食べているのだろう。
僕の周りが、噛み砕かれた食べ物で埋め尽くされていく。
ぐちゃぐちゃに潰れたごはん、肉片、野菜…
(あれ? グリーンピース、潰れないでそのままの形のがけっこうあるぞ。)
「おお〜い! まなちゃん。よく噛んで食べないとだめだよ!」
「やっくん? わかってるよ。そんなの。」
「いやいや、やっぱり、子供の頃から健康には注意を…」
僕がそこまで言った時、まなちゃんが遮った。
「あ〜んまりうるさくするとぉ、トイレに流しちゃうんだからねっ!☆」
「ひえ〜っ! 姫! ご無体なぁ!」
まなちゃんの口調から、冗談だということがわかったので、
僕も、それっぽく返す。
「それより、やっくんも、お腹すいてるんでしょ? ごめんね?」
『ぐう〜っ!』
僕のお腹が鳴る。体は正直だ。
目の前には、食べ物がいっぱいあるのに、それを食べることは出来ない。
ヘルメットを脱げば、僕自身も食べ物と一緒に消化されてしまう。
それに、これらの食べ物は、ちょっと、食欲の湧く形状ではない。
「いいんだよ、まなちゃん、そんなこと。気にするな…よ……!?」
そのとき、僕の目の前に、ぴちぴちと動く物が落ちてきた。
半透明で細長く、大きさは僕より少し大きい。
それは、まなちゃんの胃の中で跳ね回っている。
一つだけではない。それは次々に落ちてくる。
「…あのぉ…まなちゃん? このぴちぴちしてる物は…?」
「しろうお。おどりぐいって言うんだって。お母さんが言ってたわ。」
(何で、一般家庭で、躍り食いなんだよ?)
僕の目の前で、その『しろうお』がのたうちまわっている。
「ま、まなちゃん、どうしてこんな物があるんだい?
普通の魚屋さんには売ってないと思うけど…?」
「お母さんが、好きなのよ。
何とかってクラブの会員にもなってて、
こういうのが時々送られて来るの…
お母さん、昔、旅行へ行ったとき、アジメドジョウや
サンショウウオなんかにも挑戦したって言ってたわ。」
「へ、へえ… 変わった趣味だね…」
「生きてるやつをそのまま口に入れて、
口の中でぴちぴち跳ねてるのを、
一気に噛み潰すのが美味しいんだって。」
(園子さんに、僕の存在を秘密にしておいたのは、正解だったかもしれない!
もしも見つかったら僕なんかすぐに、ぐちゃぐちゃになって胃袋の中だろう。)
「まなちゃんは、噛まないで食べてるよねぇ?」
「だって、噛んじゃうのって、かわいそうなんだもん。
あたしは、丸呑みにするのが好き。それに、喉の中を、
ぴちぴちしながら通っていくのが、とっても気持ちいいんだもん☆」
(そのほうが、ずっと残酷だと思うけど。)
そう思ったが、言葉には出さなかった。
周囲では、早くも消化されかかった『しろうお』が、
どろどろになった食べ物の間に見え隠れしている。
僕は、その『しろうおだったもの』を見ながら、背筋を冷たくしていた。
(もし生身のまま、まなちゃんに呑み込まれたら、僕もこうなっちゃうんだよな…)
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食事の後、まなちゃんと僕は、適当におしゃべりして過ごした。
いつものように、僕はほとんど聞き役だ。
僕は、まなちゃんの胃袋の運動に身を任せながら、
周りの物がだんだんと溶けていくのを感じていた。
それらと一緒に、幽門から十二指腸を通り抜け、
胆汁や膵液と混ざり合って小腸に入る頃、僕は眠りについた。